平塚城は、東京都北区のJR京浜東北線の上中里駅そばにある平塚神社付近に
あったとされています。
源義家が後三年の役で奥州からの帰路に平塚城に立ち寄ったとされます。

秩父平氏の流れをくむ、豊島氏が城主でしたが、長尾景春の乱の時に石神井城に
続き、この平塚城も太田道灌の攻撃により落城しています。

現在の平塚神社には城跡の遺構などは特にありません。

拝殿は台地の先端部に建っていて、背後の上中里駅側から見ると崖の上に
位置していたことが分かります。