四谷見附は、江戸城三十六見附のひとつで甲州街道へと
つながる要衝として、毛利秀就が築きました。

1636年ころに江戸城西側の外堀普請の一環として枡形門
として築かれましたが、現在は石垣のほんの一部だけが
残っています。
枡形門とは、高麗門と渡櫓門を直角に配置して、その対角
に石垣を築いて四角に囲む構造で非常に高い防御力を持つ
門でした、江戸期には夕方6時になると閉門されていたと
言われています。

四谷見附の南側には真田信之を築いた真田濠がありました
が現在は埋め立てられて、上智大学のグランドとなっています。